ヴァインブラックVine Blackは葡萄の蔓、またはワイン製造時の絞りかすなどを炭化させた顔料である。Vineは葡萄の木または蔓、蔓植物を指すようだが、皮、種、茎などの搾り滓も焼いて顔料されていた。こちらもヴァインブラックと呼ぶことが多い。しかし皮・種・茎は、蔓単体に比べて色味や感触に幅のある黒になることが予想される。ヴァイン(蔓)と区別してワインブラックと呼んでもよいのではないか。ワイン熟成中に発生する酵母の死骸などの沈殿物、これを澱(おり)と呼ぶが、澱を炭化させたものは非常にきめが細かく価値の高いものとして、とくに印刷用のインクとして重宝されたようである。ヨーロッパではワイン造りが盛んであるから、絞りかすは大量に出るし、蔓もシーズンオフに剪定せねばならず、それらを活用したのであろう。どんな時代の文献にも頻繁に登場する。しかし現在市販されている絵具は、葡萄ではなく、おそらくなんらかの植物を炭化させたものが多いのではないかと思われる。
ヴァインブラックを作るにあたって、まず、古代ローマ時代の書である、ウィトルウィウスの建築十書を参照してみよう。ウィトルウィウスは先に煤の黒(本サイト「ランプブラック」参照)を紹介し、それにつづいて炭の黒について述べている。
しかし、もしそれ《筆者注・煤の黒のこと》の必要量が間に合わないならば、期間待ちのために仕事が中断されることのないように、応急の手段が講じられるべきである。すなわち、葡萄の枝または脂気の多い削り屑が燃やされ、それが炭になったとき火が消され、次いで乳鉢の中で膠と共に摺り合わされる。こうしてできた黒色は塗装師にとって見苦しいものではないだろう。
さらに、もし葡萄酒の糟が乾かされ炉の中で焼かれ、それが膠と共に摺り合されて塗装に用いられるならば、煤の黒色よりもっと優美な色合いを呈する。しかも、よい葡萄(の糟)からつくられると黒の色合いだけでなくインディア藍の色合いも模することができる。
『ウィトルーウィウス建築書』(東海選書)
材料として葡萄の枝や、葡萄酒製造時の絞りかすが使われたようである。糟は皮や種のことなのか、澱なのかはわからないが、おそらく澱の方が言っているのだと思われる。西洋では黒顔料の素材としてよく使われるものである。それが黒顔料に適しているというのもあろうけれども、葡萄の枝は毎年かなり剪定しなければならないし、澱も大量に沈殿していたのであろう。
ブドウの蔓の黒
葡萄の木は、日本でも栽培できる。1~2本植えているだけで材料は潤沢に手に入る。

剪定は1年の間に伸びた若枝を中心に切ると思う。やや太くなった堅く古い枝も切り落とすこともあるが、わたしは細目の、赤みがかった、若い枝というか蔓を使っている。その方がやわらかい炭ができると思う。節の部分など堅そうなところも切り落としているが、たぶんそこまでする必要はないと思う。
炭焼の方法はいろいろあるが、簡易的な方法は、葡萄の蔓をブリキ缶に入れ、カセットコンロの上で中~強火で燃焼させる方法であろう。ブリキ缶の蓋には千枚通しで細い穴を開けておき、そこから燃焼時に発生するガスを逃がすようにしてある。酸素が供給されると完全に燃焼して灰になってしまうから、蓋をして密閉しなくてはならないが、ガスを逃げ道も必要なのである。

この程度のブリキ缶の大きさならば、15分も焼けば完全に炭になっている。

しかし枝の量が多かったので、私はダッチオーブンに入れてその周りでたき火をするという方法で炭焼した。ダッチオーブンに詰めるだけ枝を詰めて、3時間くらい薪を焼いた。この方法はやたらと燃料を食うので、廃材の薪などがたくさんある場合に有効であろうと思う。

なお、写真のダッチオーブンには桃核も数個入れている。

しっかりと蓋をして密閉する。

ブロックを組んで竈のようなものをつくり、中に先ほどのダッチオーブンを入れ、周りで薪を燃やした。

このブドウの蔓を粉砕せねばならないが、ブドウの蔓はとにかく大量に発生するので、このようにたくさんある炭を乳鉢と乳棒で砕くのは現実的ではない。粉砕機にかけるか、石臼などで砕くのがよい。

木炭の粉は火薬の材料にも使われる可燃物なので取り扱いには注意されたい。石臼の摩擦熱で木炭の発火点まで到達することはないとは思うが、あまり素早く回さない方がよいであろう。木炭の粉が舞うとちょっとした静電気などで発火する恐れがあるので、どちらかというとそちらに気を付ける。

粉砕した顔料は水で流しながら、250~300メッシュのフルイにかけて、粒径と整える。フルイに残った粗い顔料は乳鉢等で細かくした後、再び洗いながらフルイにかける。炭は柔らかいようで意外と堅いので、粗い粒子のものが入っていると絵具を練る際にとても苦労するし、最悪粒が混ざったような状態が解消しないこともある。300メッシュを通るぐらいにしておいた方が後々楽であろう。さらに水で洗浄うするというのも大事である。炭素以外の何かヤニのような色が取れたりして綺麗になることが多い。植物由来の炭顔料はカリウムを含むことが多く、よく水に浸けて溶かしておかないと、アルカリ性に傾く傾向がある。ブドウの皮などの房の部分を使用した場合はより多くのカリウムが含まれていると思った方がよい。カリウムを溶かす目的であれば、お湯で洗浄した方がよく溶けるという話も聞く。水は蒸留水を使う。水道水にはカルシウム、マグネシウムなど様々のミネラルが含まれており、それらは蒸発すると白っぽい垢となって残るものである。黒顔料には致命的なものといえる。とはいえ、日本の水道水は軟水なので、ものすごく影響があるというほどでもないが、硬水の地域は特に注意したい。

やがて顔料が沈むので、上澄みの水を捨てて、新たに精製水を投入し撹拌、そして顔料が沈むのを待つという工程を繰り返す。細かく砕いている顔料が沈むまでに何日もかかるが、その間に不純物も水に溶け出しているのだと思うことにする。
ブドウ酒の糟の黒
ブドウ酒の搾り滓も炭として焼かれた
ブドウの蔓の黒は、製造した顔料も比較的安定して同じような性質のものが作れるのではないかと思う。それと比較して皮、種、茎はそれぞれ炭化の過程で異なる色調や粒度を生み出すことで、純粋な蔓炭や種炭にはない深みのある微妙な色合いの幅、そして使い勝手の良さをももたらす可能性が考えられる。もっともワイン製造にもいろいろ方法があるし、搾り滓の状態によってそれぞれ違ったものができてくることが予想される。
ワインの搾り糟を入手するとしたら地元のワイナリー等と交渉するなどして引き取る手法が考えられるが、個人ではややハードルが高いかもしれない。ジュース工場の搾り糟は、アルコール発酵を経てないため、性質が若干異なるかもしれない。自分でブドウの房を搾ったものは糖分でベタベタになりがちである。アルコール発酵を経ていないから糖分が多量に残っているのである。とはいえ、そこまで気にしていて話が進まないし、おそらく違いがわかるほどの差はないであろう。
ある人々は干したブドウ酒の滓を焼く。そして上等のブドウ酒の滓が用いられれば、そのインクはインドインクの外観を呈すると断言する。アテネのすこぶる高名な画家たちポリュグノトスとミコンは、ブドウの皮で黒色顔料をつくり、これをブドウ滓インクと呼んだ。
『プリニウスの博物誌』雄山閣,(第34巻[42])
以下は古代ローマ時代にプリニウスが書き残したものであるが、ブドウの皮と言及していることから、アルコール発酵工程後に圧搾して取りだした皮などを焼いて顔料にしていたことがわかる。皮と、種、茎の混合物であったことであろう。古代のワイン製造技術を確認すると、現代はあとで取り除く、ゆっくりと沈殿する酵母の死骸などのドロっとした残渣も混ざっていたと思う。すると非常にきめ細か顔料も混ざっていたことになり、かなり複雑で豊かな素材の混合物であったことが予想される。だとすると、これこそ最高の黒であったかもしれない。
私は米Natural Pigmentからおそらく珍しく純粋なヴァインブラックであろうと思われる商品を購入したことがあるが、油で練ってみると、一瞬灰色なのか?と思ってしまうくらいの控えめな黒さであった。そして自分で作ったヴァインブラックも同じようなものであった。普段見慣れている市販の絵具、顔料はより純度が高く炭化させたか、あるいは合成の黒が混入されているのかもしれない。そして、おそらく昔の巨匠が使ったブラックは現在のものより漆黒度が控えめで、そしてその点で自然なリアルさを表現するのに適していたのかもしれない。


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