乾性油に樹脂などを混ぜて画用液を作るとき、通常は樹脂を溶剤に溶かしてワニスとしてから、乾性油に混ぜる。しかし、この場合必然的に一定量の揮発性溶剤が画用液に含まれることになる。溶剤の少ないもの、または全く溶剤を含まない画用液が欲しいという人もいるだろう。さらに絵具を練る際の展色材として使う場合は、ますます溶剤が不要となる。軟質の樹脂は90℃ぐらいまで加熱すれば溶解するので、乾性油と共に熱して溶かし込むという方法で画用液を調合することもできる。
作業手順
道具類は、加熱器具(カセットコンロ等)、焼き網、セラミック金網、ビーカー(耐熱性)、温度計、空き瓶。材料は乾性油各種や樹脂などであるが、後述のレシピを参考に準備する。
処方の量の乾性油、樹脂、蜜蝋を計量しながらビーカーに入れる。
セラミック金網を置いたカセットコンロに載せて、着火する。100℃近くになると樹脂が溶解しはじめる。全て溶けるまでに多少の時間がかかるので、なかなか溶けないからといって、温度を上げる必要はないと思う。温度を上げすぎると、褐色の焼き色が付き、脂っぽい光沢のメディウムとなる。それでがよいならべつにかまわない。蜜蝋は、樹脂よりかなり低い温度で溶けるので、樹脂を溶かしたのち、ある程度冷ましてから投入してもよい。
全て溶解したら火を止める。もうしばらく火を通したいなら、それもかまわない。少し冷ましつつも、ある程度流動性のある温度のうちに、保存用の容器(ジャムの空き瓶など)に移す。その際、瓶の口に輪ゴムでガーゼなどをつけ、メディウムを濾過すると、ゴミや不溶解物質を排除できる。熱い液体を急に注ぐと、ガラス瓶が割れるかもしれない。
瓶にメディウムの組成と制作月日を書いたラベルを貼れば完成(その場できちんと書いておかないと、すぐに忘れてしまう)。
樹脂は少なめに見えるが、ワニスの状態のものを加えるのではなく、樹脂をそのまま入れるので決して少なくはない。チューブ絵具に混ぜて使用する場合は、もともと絵具に乾性油が多く含まれているから、樹脂や蝋がいくぶん多めになってもいいかもしれない。手練り絵具の展色材として使用する場合は、これ以上増やすのはよくないと思う。蜜蝋は不要な場合は省く。必要と思われる場合は、乾燥剤、ヴェネツィアテレピン、その他を各自加える。
処方(レシピ)
乾性油は重合油と生のオイルの混合、樹脂は1.5割未満、蜜蝋は3%未満が妥当かと思われる。
処方1
材料名 | 配合例(重量比)g |
---|---|
リンシードオイル | 50 |
スタンドオイル or サンシックンドリンシード | 40 |
ダンマル樹脂 | 8 |
蜜蝋 | 1~2 |
標準的なメディウム。低粘度のスタンドオイルが手に入れば、乾性油はそれのみでもよい。ホワイト用ではリンシードオイルをポピーオイルに替える。筆運びを重視したい場合は、ダンマルの代わりにマスチックに替える。個人的にはマスチックの方が好みである。蜜蝋はその性質が好みでなければ入れなくてよい。
処方2
材料名 | 配合例(重量比)g |
リンシードオイル | 46 |
スタンドオイル or サンシックンドリンシード | 40 |
マスチック樹脂 | 6 |
ヴェネツィアテレピン | 6 |
蜜蝋 | 1~2 |
各材料の特徴と効果
使用する材料についてざっくりと説明しておく。詳細は各材料を解説したページを参照せよ。
乾性油 基本はリンシードオイルを使うのがよい。乾燥が速く、丈夫な画面を形成する。黄変の傾向があるので、白や寒色系の色の場合は、ポピーオイルの方がいいかもしれない。ただし乾燥が遅く、皮膜も弱いとされる。サンシックンドオイルを選べば、さらに乾燥が速くて丈夫な画面を得られるほか、年度の高さによる筆運びの良さ、さらなる透明感などのメリットがある。スタンドオイルを使用すれば、乾燥は遅いが、さらに丈夫な皮膜を得られるであろう。サンシックンド油やスタンド油の場合、それ単体では粘度が高すぎて使い勝手が悪くなるかもしれない。本項の処方では加工油と生の油を併用している。スタンド油に関してはより重合の進んだ高粘度のものと、そこまででもないものがあるので、低粘度スタンドオイルなら、単体で使用していいかもしれない。
ダンマル樹脂 粘りがあり、絵具の密着がよくなるという印象がある。透明感などへの貢献も言及されるけれども、それは亜麻仁油でも充分なものだと思う。それ自体では溶剤にも溶けやすく脆いものなので、あまり加えすぎてはいけない。西洋絵画においては東南アジア到達以降から使用されたものであり、それまではマスチック樹脂であったと思われるが、だからと言って悪いというわけではない。
マスチック樹脂 ダンマル樹脂と同じ軟質の樹脂であり、利用方法と目的は似ている。湿度による白濁はダンマルより起こりやすいとされる。最大の違いは、メディウムに混入したときに、チキソトロピー性といわれる粘性ができることであろう。極端なものはメギルプとよばれる画用液で現われるが、そうでなくても通常の添加で、絵具のペーストに若干そのような性質を感じることができる。これを期待する場合はダンマルの代わりにこちらを添加した方がよい。
蜜蝋 顔料と乾性油の分離をある程度抑制するように思われる。純粋に顔料と乾性油だけで練ると、顔料によっては油が分離して固まってしまうこともある。それから絵具の立ちをよくる効果もあり、そのようなことも含めて、現在のチューブ油絵具に使われているステアリン酸と似たような役割を果たせるように思われる。蜜蝋が入ると若干つや消しの画面になるが、このましい柔らかな色調になる。艶は仕上げニスで調整するのがよい。蜜蝋自体は古代のエンコスティック画が非常に色彩が鮮明な状態で残っていることからも、絵画としての耐久性には優れているのではないかと思われる。しかし、油彩用メディウムに加えるときは特に意図がなければ少量がよいと思う。
ヴェネツィアテレピン 欧州カラマツの松脂。ねっとりとしており、筆運びがよくなる他、艶や透明感が増すであろう。美術館が発行する修復の報告書でも、古い油彩画に松脂が入っていることはよく報告されている。油彩技法にとっては定番の助剤である。しかしながら、現代のヴェネツィアテレピンはロジンをテレピンで再溶解したもので、本物のバルサムではない。そこが評価の分かれるところである。もし本物のバルサムが手に入ったなら使用したいところである。ヴェネツィアテレピンの他には、シュトラスブルクテレピン(欧州モミ)のバルサムが代用となる。こちらの場合はロジンを溶解したものではないようだ。カナダバルサムも代用になるが、丈夫で乾燥が速いという評価である。ヴェネツィアテレピンもシュトラスブルクテレピンも、カナダバルサムも入手が困難となっている。
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