ランプブラックをつくる

昔の製法

ランプブラックは石炭や石油を燃やして出来た煤を集めたものである。現在のランプブラックは石油炉で作られる。安価なうえに、耐久性、耐光性、耐酸性、耐アルカリ性いずれも優秀である。しかし本項では古代から行なわれている伝統的な製法について取り扱う。煤を集める方法は多々あるが、代表的なものは亜麻仁油などの油脂によるオイルランプから発生する煤を集めるもの、それから松脂、あるいは松脂を豊富に含んだ松材を燃やして煤を集める方法、そのふたつが挙げられる(日本の墨製造でも、菜種の煤と松材の煤があるのと共通するとも言える)。

亜麻仁油の煤から作るランプブラック

はじめに植物油のランプから得る黒について述べる。代表的な記録としてはチェンニーニの技術書に以下のような記述がある。

・・・亜麻仁油の入ったランプを用意し、ランプを油で満たし、火をつける。こうして燃えているランプを、よく拭った鍋の下におく。炎は、鍋の底から指2、3本のところにくるようにする。炎から出る煙が鍋の底にあたり、固まりとなってくっつく。少しそのままにしておいてから、鍋をとり、この顔料、すなわち煤を、紙の上、あるいは絵具壺に、何かで払い落とす。粒子のごく細かい顔料なので、練ったり挽いたりする必要はない。このように、何度か、ランプを例の油で満たしては、繰り返し、鍋の下におく。お前が必要とするだけの分量をこうしてつくる」

チェンニーノ・チェンニーニ『絵画術の書』(岩波書店)

普段使っているランプの傘に付く煤など集めても黒の顔料が得られるとは思うが、チェンニーニの方法ではよりキメの細かい良質の煤を集めるため、顔料作り為にセットして煤を集めている。それは炎から受け皿まので距離かが指2、3本という距離である。そこが油が不完全燃焼して黒くなり、受け皿に付着しやすい距離なのであろう。遠すぎると煤が集まらないし、近すぎると煤が燃やされてしまう。

工業化以前では、煤を集めた顔料の製法が古代ローマ時代のウィトルウィウス『建築十書』も記されている。

松脂を使った方法であるが、松脂を燃やす小さな炉と、孔によってつながれた集煤室(ラコーニクム)に別れている。松脂や松材を燃焼させると木酢液のようなものや水蒸気など煤以外にも発生するものがあるが、炉と集煤室を分けることにより、より純度の高い煤を集めていたのであろう。

写真のような小皿に亜麻仁油を注ぎ、綿糸などの芯を入れて、その先に火を灯す。そうすると芯の先の部分だけが小さく燃え続ける。

日本の墨づくりでは菜種油、胡麻油などが使われる。チェンニーニに従って亜麻仁油で試みてもよいが、開封して時間が経った亜麻仁油を使うと、すさまじい亜麻仁油臭が漂うので、食料品店で新たに食用亜麻仁油を買ってきた方がいい。芯が1つでは煤を集めるのに時間がかかるので、3本にしておこう。

ランプを設置したら、その上に大きな磁器の皿を被せる。当然ながら風の吹かないところがよい。墨づくりの現場では、倉の中でこのような墨集めを大規模にやるそうだが、粉塵爆発の危険と隣合わせであろう。私は風の無い日にガレージで行なった。

かなりの時間をかけて、皿いっぱいに煤を集めたが、回収してみると下の写真の量だけであった。

ランプブラックは油楳であるからか、水と混ざってくれない(これは現在の市販のランプブラック顔料も同じである)。水と混ぜようとしても写真のように綺麗に分離してしまう。テンペラ画家などでランプブラックを水練りしようとして、うまく行かなかった人もいるのではなかろうか。

しかし、膠やアラビアゴムなどの何らかの媒材が加われば、簡単に水に溶けてくれる。写真はアラビアゴム液を少々混ぜた状態である。他に、少量のテレピンを滴下するという方法もある。

試し書きしてみたが、いかにも墨らしい書き心地であった。

松脂によるランプブラックの作り方

以下は古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスが残した黒顔料の製法である。松脂を使用しているので、この記事をたよりに伝統的な松脂のランプブラックを再現したい。

ウィトルーウィウス(著),森田慶一(訳)『ウィトルーウィウス建築書』(東海選書)

すなわち、ラコーニクムのような場がつくられ、大理石で念入りに磨かれ滑らかにされる。その前方にラコーニクムに孔をもつ小さい炉がつくられ、炉の焚口は焔が外に漏れないように細心の注意を払って塞がれる。炉の中に松脂が置かれる。火力がこれを燃やすことによって煤を孔からラコーニクムの中に押し込む。それが壁と円筒天上のまわりにくっつく。そこから集められた物は一部ゴムが加えられ書写用の黒インキにつくられ、残りのものを塗装師が膠を加えて壁に使う。

ラコーニクムとは古代ローマの公衆浴場にあったサウナのような部屋らしい。その壁や天井を滑らかに加工して、その前面に松脂を焼くための小さな燃焼室を設ける。煙を集める集煤室(ラコーニクム)と燃焼室に分かれて、孔で繋がっているようである。これは燃焼室よりも集煤室の温度がさがって煤が付着しやすくなるのと、木酢液的なものなどの不純物を排除する意味があるかと推察される。東洋の製墨技法における「煙道」のようなものか。松脂は不完全燃焼させねばならぬから、あまり空気が入ってはならないが、同時にある程度の火力で燃焼が続くくらいには必要であろう。またウィトルウィウスは言及していないが、集煤室(ラコーニクム)の方にもガスが抜ける小さな通り道は必要であろう。ラコーニクムほどの建物にどんどん煙を送って黒を製造したのであろう。

ここからはこのシステムをコンパクトに再現して実験してみたい。1L缶と20L缶(一斗缶)で燃焼室と集煤室をつくる。燃焼室には松脂が不完全燃焼しつつもしっかり燃え続ける程度の空気孔(塞いだりして調整可)、集煤室ではガスが抜けてゆく煙突的な孔を用意する。どちらの孔も調整弁があった方がいい。煙の流れをコントロールするのに必要となるだろうから。缶は両者横に倒した配置で。燃焼室は蓋を開けるとこでメンテしやすくなる。燃焼室は横にすることで煤付着の面積が広がる。両者をつなぐ孔はスリット型で幅5cm×高さ2cm程度、燃焼缶側面の中央よりやや上に開けておく。これが煙の流れがいちばん良いと考えれる。両缶は耐火テープ等で固定する。というわけで、構想を練ってみたが、実はまだ試してはいない。現在の状況では松脂を燃やして煤を集めるというのは何らかの迷惑条例等に接触するかもしれない。従って、ギリギリの方法で煤集めをすることにした。

ステンレスボウルを用意する。セラミックの器に松脂を入れ、ライターで着火する。ステンレスボウルを被せるが、ブロックなどを置いて最低限の空気は入るようにする。燃焼が続く最低限の酸素が供給されつつも、不完全燃焼の状態が続いてより多く煤が発生するように。

このようにステンレスボウルを被せると、ほとんどの煙がボウル内側に付着する。風の弱い日が安全面で適しているが、全く無風の場合は空気が送りこまれずに消えてしまうことも考えられる。

ちょっと、ボウルを上げて様子を見てみた。松脂はとてもよく燃えるので、消火器を手元に用意しておこう。

松脂が燃え尽きると、ボウルの内面に煤がついている。黒いロジンかピッチのようなものも付着してしまっているが、これは冷えるとかなり強固に固まるので、煤だけ集めることは可能である。植物油のランプから煤を集めるのには何時間もかかったが、それよりは短い時間で燃焼し煤が得られる。

ヘラなどで煤をかき集める。これ以上の大きさで煤を集めるのは近隣の迷惑となる可能性があるので、私の環境ではここまで限界である。

植物油の場合も、松脂の場合も、燃やした燃料と比較して僅かな顔料しか得られないが、炭に比べると非常に色の濃い黒であると思う。

松脂を燃やしたあとには、黒いロジンのようなものが大量に残る。

書道の墨

東洋で使われる書道用の墨も、ランプブラックと同じ製法なので、概要を述べる。書道用の墨は大別して油煙墨と松煙墨がある。油煙墨の作り方は先に挙げたチェンニーニの方法と似たようなものであろう。原料には菜種油や胡麻油などが使われる。松煙墨は松脂または松脂が含まれる松材や樹皮などを燃やして出た煤を集めたものである。こちらはウィトルーウィウスの方法と近い。松材よりは松脂を燃やしたもの方が質がいいように思われるが、あまり墨を使う機会がないので、実際の使い勝手はわからない。油煙、松煙のいずれの方法でも、植物由来の油脂や松脂を燃やす場合と、石炭、石油など鉱物性の燃料を燃やす場合があるようだ。やはり現在は鉱物性の原料が多いのではなかろうか。面白いのは、書道用の墨の場合は製法(油煙か松煙か)と原料(植物か鉱物か)が表示されている点である。

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