黒の種類
黒の顔料として使われるものは、植物や動物の骨等を焼いて作った炭、油や植物その他を燃焼させ煤を集めた墨(煤)がある。どちらも炭素(カーボン)であるが、絵具、あるいは絵具に限らず広く描画材として使用するとき、両者の性質は大きく異なる。その他に鉛筆の材料となるグラファイトや、鉄から作るマルスブラックなどがある。
炭(植物由来)
植物など何らかの有機物を燃やすと炭や灰となる。空気が充分に行き渡るようにしておけば、ほとんど全て燃え尽き、わずかな灰が残る。灰にしてしまっては黒ではなくなる。空気の出入りを制限し、蒸し焼きにすると灰にならずに黒い炭ができる。これを砕いて粉にしたものが黒い顔料や絵具となる。
まず植物や動物の骨を焼いて、炭にしたものが挙げられる。植物系統では、葡萄の蔓や枝、ワイン製造時の絞りかすを炭化させて作ったヴァインブラック Vine Blackが挙げられる。ヨーロッパではワイン製造の為に葡萄が栽培されていたから、蔓や搾りかすはよくあるものであり、葡萄に関する黒は大きなウェイトを占めていたのではないか。ワインの熟成の期間に酵母の死骸などが沈殿してできる澱(おり)を焼いた顔料というものもあったらしい。次に桃の核を炭化させたピーチブラックも有名である。現代では桃核ではなく別の物質が原料となっていることがほとんであるが、黒の色名として代表的な存在となっている。チェンニーニによりばアーモンドの核なども使われたらしい。種(核)は素材の構成が均質で顔料の素材として優れていたという。現代でも独クレマー社が桃核、葡萄種子、チェリー種子の植物炭顔料を販売している。おそらく様々の近い道のない種が使われたのではないかと思うが、実際に砕いてみた感触では、桃核炭が高密度で堅いという印象はある。植物炭は素材由来のカリウムを含み、その為アルカリに傾く傾向があるから、製造時は仕上げに繰り返し水であらわなくてはならない。ヴァインのような蔓よりは、ブドウの果皮や種の方が多く含まれていると思われる。
炭(動物由来)
動物由来の炭としては、象牙を炭にしたものはアイボリーブラック、牛などの骨を炭にしたボーンブラックがある。現在、象牙はワシントン条約によって輸出入が規制されているので手に入りにくい。アイボリーブラックの名で売られている絵具の大半は、別の動物の骨を原料としている。市販の油絵具でアイボリーブラックという名前の商品があるが、中身はボーンブラックか全く別の素材であることが多い。象牙材料は国内ではまだ多く存在するようで、全く手に入らないわけではない。その場合、真正アイボリーブラックなどのように本物であることを名前に冠している。これらの動物由来の黒顔料が、植物炭と大きく異なるのは、構成する物質の大半がリン酸カルシウムである点である。植物炭はほぼ炭素で構成されているが、ボーンブラックは簡略化してざっくりと述べると7~8割がリン酸カルシウム、1割が炭酸カルシウム、黒の色素である炭素は残りの1~2割程度に過ぎない。言い換えれば小量の炭素がリン酸カルシウムの構造体を染めているようなものである。それでいながらも植物炭に劣らない被覆力を持っているのは、その構造が色材としてよく機能しているのであろう。動物炭は骨の構造上、髄やら脂肪やらいろいろ混じるが、象牙はそれと比較的、たいへん均質な素材であり、顔料に加工しやすい。骨や象牙は主にリン酸カルシウムで構成されているが、リンが黴の栄養になるため黴を生じやすいという欠点がある。
煤(すす)系
「炭」の他に、もうひとつ重要な黒が、油煙(ランプブラック)である。書道で使う墨と同じ製法であるから、「炭」と「墨」の違いともいえる。油脂などを燃やした炎から出てくる煙を集めたものである。ランプブラック顔料は現在は石油炉で煤を製造しているが、書道用の墨はその他に松脂や松材の煤、あるいは植物油に灯芯で火を付けて集める墨など、いくつかの方法で製造されている。粒子が非常に細かい点で、炭系とは異なる。
カーボンブラック
カーボンブラックは油やガスを不完全燃焼させて得た炭素主体の微粒子であるが、さまざまの製法があって、ランプブラックや書道の墨も含まれる。広い意味では炭の顔料やグラファイト等も含まれるが、絵具界では非常にコントロールされて作られた微粒子の黒と捉えてよいかと思う。19世紀末にチャンネル法が、20世紀半ばにファーネス方が現われ、現在のカーボンブラックはファーネスブラックが主流である。
その他
グラファイト(石墨、黒鉛)、酸化鉄のマルスブラック、有機系で漆黒度の高いアニリンブラックなどがある。
黒活用法
炭も墨も炭素であり、(動物炭の黴の問題を除けば)とても堅牢であるし、そんなに高くもない。本物のヴァインブラックやアイボリーブラックは今では多少は高いが、昔の画家達のパレットの中では安価で安定供給できた色であったろう。
黒はたいへん重要な色であるが、義務教育や入門用の指導で黒を使ってはいけないと教えられることは多い。確かにトーン調整を白と黒ばかりで行なってしまうと、曇った色調の絵になりがちであるから、黒を制限して指導することがあってもいいかもしれない。しかし、黒を使ってはいけないという決まりが印象に残るのか、高等学校以降になっても、理由の説明無しに黒の使用を禁じられているというケースを何回か目撃したことがある。黒を使っていけないと言い出したら、レンブラントをはじめとするほとんどの名画が成立しないことになる。油絵の場合は、黒が苦手になってしまうのは大きな損失であり、うまい使い方を指導するべきであろう。以下に僭越ではあるが、使用上の注意点などを挙げておく。
- 混色するときは少しずつ様子を見ながら混ぜる。黒すぎる絵具は避けた方がよい。名画で使われたような黒は天然の植物や骨などを炭にしたものであったが、現在は安価にとても強い黒を作り出すことができる。黒すぎる黒は、コントロールが難しいし、他の色とのバランスを取りづらい。専門家用の油絵具を選び、植物炭、骨炭が原料のものを買うことをお薦めする。安い入門用の油絵具セットに入っている黒は、避けた方がいい。黒は他の色にも増してさまざまの絵具を試し、自分に合ったもの選ぶのがよいと思う。
- 油彩画での注意点は、乾燥が遅いことが上げられる。これは待てばよいとも言えるが、工夫としては若干の鉛白を混ぜておくと、乾燥を助けると共に黒の中に微妙なふくよかさも加わる。黒のみで厚くぬるのはよくないと思う。あるいは若干のローアンバーを混ぜると、アンバーにはマンガンが含まれるのでかなり乾燥が早まる。
- 油彩画では、黒は艶引けしやすいという欠点もある。確かに艶が引いて、まるで曇ったかのように見えることもある。そういうものなので、あまり驚かずに制作を続け、全体が乾燥して艶引けも落ち着いたあとに、グレース技法で上塗りするか、仕上げの保護ニスで調整することになるであろう。
- 油彩画の中では、黒顔料は青く見えることがある。清涼感のある画面つくることができる。白と混色すれば、淡い水色のような灰色を作ることができる。透明度の高いレーキ系の赤と混色すると、落ち着いたバイオレット色をつくることができる。


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