黒概要

黒の種類

絵具としてよく使われてきた黒には、まず植物や動物の骨を焼いて、炭にしたものが挙げられる。植物など何らかの有機物を燃やすと炭や灰となる。空気が充分に行き渡るようにしておけば、ほとんど全て燃え尽き、わずかな灰が残る。灰にしてしまっては黒ではなくなる。空気の出入りを制限し、蒸し焼きにすると灰にならずに黒い炭ができる。これを砕いて粉にしたものが黒い絵具となる。

葡萄の蔓や枝、ワイン製造時の絞りかすを炭化させて作ったヴァインブラック Vine Black、桃の種を炭化させたピーチブラックなどがよく知られているが、現在市販されている絵具ではそれらは慣例名となっていて、別の植物が原料となっていると思われる。象牙を炭にしたものはアイボリーブラックは有名だが、現在、象牙はワシントン条約によって輸出入が規制されているので手に入りにくい。アイボリーブラックの名で売られている絵具の大半は、別の動物の骨を原料としている。とはいえ、象牙材料は国内まだあるようで、全く手に入らないわけではない。その場合、真正アイボリーブラックなどのように本物であることを名前に冠している。このように炭には、植物を原料にしているものと、動物を原料にしているものがある。植物炭は青味、動物炭は赤味の黒ができる傾向があるが、焼成温度にも影響される。骨や象牙は主にリン酸カルシウムで構成されているが、黴の栄養になるため、動物性の黒は黴を生じやすいという欠点がある。

煤(すす)系

「炭」の他に、もうひとつ重要な黒が、油煙(ランプブラック)である。書道で使う墨と同じ製法であるから、「炭」と「墨」の違いともいえる。油脂などを燃やした炎から出てくる煙を集めたものである。ランプブラック顔料は現在は石油炉で煤を製造しているが、書道用の墨はその他に松脂や松材の煤、あるいは植物油に灯芯で火を付けて集める墨など、いくつかの方法で製造されている。

カーボンブラック

カーボンブラックは油やガスを不完全燃焼させて得た炭素主体の微粒子であるが、さまざまの製法があって、ランプブラックや書道の墨も含まれる。広い意味では炭の顔料やグラファイト等も含まれるが、絵具界では非常にコントロールされて作られた微粒子の黒と捉えてよいかと思う。19世紀末にチャンネル法が、20世紀半ばにファーネス方が現われ、現在のカーボンブラックはファーネスブラックが主流である。

その他

グラファイト(石墨、黒鉛)、酸化鉄のマルスブラック、有機系で漆黒度の高いアニリンブラックなどがある。

黒活用法

炭も墨も炭素であり、(動物炭の黴の問題を除けば)とても堅牢であるし、そんなに高くもない。本物のヴァインブラックやアイボリーブラックは今では多少は高いが、昔の画家達のパレットの中では安価で安定供給できた色であったろう。

黒はたいへん重要な色であるが、義務教育や入門用の指導で黒を使ってはいけないと教えられることは多い。確かにトーン調整を白と黒ばかりで行なってしまうと、曇った色調の絵になりがちであるから、黒を制限して指導することがあってもいいかもしれない。しかし、黒を使ってはいけないという決まりが印象に残るのか、高等学校以降になっても、理由の説明無しに黒の使用を禁じられているというケースを何回か目撃したことがある。黒を使っていけないと言い出したら、レンブラントをはじめとするほとんどの名画が成立しないことになる。油絵の場合は、黒が苦手になってしまうのは大きな損失であり、うまい使い方を指導するべきであろう。以下に僭越ではあるが、使用上の注意点などを挙げておく。

  1. 混色するときは少しずつ様子を見ながら混ぜる。黒すぎる絵具は避けた方がよい。名画で使われたような黒は天然の植物や骨などを炭にしたものであったが、現在は安価にとても強い黒を作り出すことができる。黒すぎる黒は、コントロールが難しいし、他の色とのバランスを取りづらい。専門家用の油絵具を選び、植物炭、骨炭が原料のものを買うことをお薦めする。安い入門用の油絵具セットに入っている黒は、避けた方がいい。黒は他の色にも増してさまざまの絵具を試し、自分に合ったもの選ぶのがよいと思う。
  2. 油彩画での注意点は、乾燥が遅いことが上げられる。これは待てばよいとも言えるが、工夫としては若干の鉛白を混ぜておくと、乾燥を助けると共に黒の中に微妙なふくよかさも加わる。黒のみで厚くぬるのはよくないと思う。あるいは若干のローアンバーを混ぜると、アンバーにはマンガンが含まれるのでかなり乾燥が早まる。
  3. 油彩画では、黒は艶引けしやすいという欠点もある。確かに艶が引いて、まるで曇ったかのように見えることもある。そういうものなので、あまり驚かずに制作を続け、全体が乾燥して艶引けも落ち着いたあとに、グレース技法で上塗りするか、仕上げの保護ニスで調整することになるであろう。
  4. 油彩画の中では、黒顔料は青く見えることがある。清涼感のある画面つくることができる。白と混色すれば、淡い水色のような灰色を作ることができる。透明度の高いレーキ系の赤と混色すると、落ち着いたバイオレット色をつくることができる。

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